第94回アカデミー賞予想①

2021年09月23日

★作品賞

 『パワー・オブ・ザ・ドッグ』(Netflix)

 『Belfast』(フォーカス・フィーチャーズ)

 『House of Gucci』(ユナイテッド・アーティスツ)

 『DUNE / デューン 砂の惑星』(ワーナー・ブラザーズ)

 『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』(サーチライト)

 『CODA』(Apple TV+)

 『ドント・ルック・アップ』(Netflix)

 『Annette』(アマゾン・スタジオ)

 『Passing』(Netflix)

 『The Lost Daughter』(Netflix)

 今回から作品賞ノミネートは10作品に固定されることが発表された。昨年が地味だった分今回は派手になりそう。まず今抜群の評価を獲得し大本命と言われているのは『パワー・オブ・ザ・ドッグ』である。カンヌ映画祭では監督賞を獲得したジェーン・カンピオンは『ピアノ・レッスン』以来主要部門からは遠ざかってきたとはいえ個性派女性監督として本領を発揮、見事に返り咲いて見せている。その対抗と見られるのはトロント映画祭で観客賞を受賞したケネス・ブラナー監督の『Belfast』であろう。ケネス・ブラナー版『ROMA/ローマ』と言われており、批評的には絶賛というわけではないがトロントの観客賞に輝いたことから万人に受ける作品になっていると思われる。『House of Gucci』『フレンチ・ディスパッチ』『ドント・ルック・アップ』はそれぞれリドリー・スコット、ウェス・アンダーソン、アダム・マッケイというオスカー常連監督が手がけており安定感がある。ただし『House of Gucci』に関しては『最後の決闘裁判』との票割れが心配されるが、『最後の決闘裁判』の評価がいまいち伸びていないためリドリー・スコット支持層からは『House of Gucci』が支持されるのではないだろうか。『DUNE / デューン 砂の惑星』はデヴィット・リンチ版があることもあり心配の声もあがっていたが、現在SF監督の最前線にいると思われるこのドゥニ・ヴィルヌーヴ版は蓋を開けてみれば批評家からも賛の意見が優勢である。

 ここからがわからないところである。『CODA』はサンダンス映画祭で総なめとも言える4冠に輝く抜群の評価を手にしているものの、実はフランス映画『エール!』のリメイクである。オリジナリティが要求される作品賞部門ではそこがどう響くか。また『The Lost Daughter』はヴェネツィア映画祭で脚本賞を獲得しているものの、女性単独主人公の作品はノミネートされにくく、インディペンデント・スピリット賞止まりの可能性もある。また同じ意味で『Passing』は小さい作品のためノミネートまで行くかどうかというところだが、黒人問題を扱った唯一の作品であり多様性を重視する層からは支持を集めるかもしれない。『Annette』は鬼才レオス・カラックスのミュージカル映画でカンヌ映画祭では監督賞を獲得しているが、クセの強い演出故か実は絶賛というわけでもない。しかしミュージカル映画が低調な昨今にあってオリジナリティあふれる演出が他とは違う出来になっている可能性もあり、今回のミュージカル枠はこれではないかと予想する。

 次点としては『Licorice Pizza』『Nightmare Alley』『ウエスト・サイド・ストーリー』『イン・ザ・ハイツ』『The Tragedy of Macbeth』『Spencer』『Parallel Mothers』『A Hero』『ラストナイト・イン・ソーホー』があげられるだろう。ミュージカル枠として『イン・ザ・ハイツ』がプレミアで絶賛、期待がかけられていたが興行的に失敗、既に失速している感がある。『ウエスト・サイド・ストーリー』はいくらスピルバーグ監督作といえども本当に今リメイクされるべき作品か?というのが疑問である。『Licorice Pizza』は作品を発表するごとに大きな話題となるポール・トーマス・アンダーソン監督作だが、少年主人公ものはノミネートされにくい傾向にありギリギリの当落線上にあると言える。『Nightmare Alley』は『シェイプ・オブ・ウォーター』でアカデミー賞を制したギレルモ・デル・トロ作品であるが、ヒューマンドラマとしての側面も大きかった『シェイプ・オブ・ウォーター』に対し今回は完全なるフィルム・ノワール、しかも1947年『悪魔の往く町』のリメイクである。いくらデルトロ作品でも今回は厳しいかもしれない。『The Tragedy of Macbeth』はジョエル・コーエン監督作、デンゼル・ワシントンとフランシス・マクドーマンド主演という豪華な布陣ではあるもののいまいち勢いが感じられない。『Spencer』はおそらくクリステン・スチュワートの主演女優賞に票は集中するだろう。『Parallel Mothers』『A Hero』はそれぞれペドロ・アルモドバル、アスガー・ファルハディとハリウッドでも知名度のある外国人監督であり、これまでも外国語映画賞のみならず脚本賞などにもノミネートされてきた。近年外国語映画がノミネートされる傾向を考えれば台風の目となる可能性は十分にあるだろう。『ラストナイト・イン・ソーホー』はエドガー・ライトのスリラーであり、あくまでジャンル映画としての評価に留まる可能性もあるが、もしかすると『ブラック・スワン』のような立ち位置を確立するかもしれない。


★監督賞

 ジェーン・カンピオン『パワー・オブ・ザ・ドッグ』

 ドゥニ・ヴィルヌーヴ『DUNE / デューン 砂の惑星』

 リドリー・スコット『House of Gucci』

 アダム・マッケイ『ドント・ルック・アップ』

 レオス・カラックス『Annette』

 監督賞は独自のスタイルのある監督がノミネートされやすい傾向があるためこの5人を選出した。ここでの大本命は言うまでもなくジェーン・カンピオンである。女性監督の台頭が著しい昨今においてパイオニア的存在であるカンピオンに票が集まるのは昨年のクロエ・ジャオと同じく既定路線であるように思われる。さて、では対抗となるのは誰であろうか。ドゥニ・ヴィルヌーヴアダム・マッケイはそれぞれ独自のスタイルを築き上げた常連監督であるがまだ若い。そこで3度のノミネーションを受けながら、しかも『グラディエーター』では作品賞をとりながら監督賞を獲ったことがないリドリー・スコットが一番の対抗馬と言えるかもしれない。不気味なのはフランスの鬼才レオス・カラックスである。『ポン・ヌフの恋人』『ホーリー・モーターズ』などの傑作を送り出しながら不思議なほどにアカデミー賞に無視されてきたカラックスは外国人監督枠として候補に挙がる可能性はあるのではないだろうか。しかも今回は初の英語作品であり国際長編映画賞での救済はできないことも後押しになるかもしれない。

 外国人監督枠であれば『Parallel Mothers』のペドロ・アルモドバル、『A Hero』のアスガー・ファルハディも無視できない。ただこの二つは国際長編映画賞での救済もあり得るし、『Parallel Mothers』は主演のペネロペ・クルスに、『A Hero』は脚本賞に票が集まるかもしれない。『フレンチ・ディスパッチ』のウェス・アンダーソン、『Belfast』のケネス・ブラナーも有力ではあるが、前者はまだ若くヴィジュアル面での評価が高いこと、後者はベン・アフレックやブラッドリー・クーパーの例もあるように俳優兼業の監督は軽視されやすい傾向があることが不安材料である。『The Tragedy of Macbeth』のジョエル・コーエン、『Nightmare Alley』のギレルモ・デル・トロは共に監督賞受賞経験があり安定感があり、作品の評価や勢い次第では上がってくる可能性はあるだろう。『イン・ザ・ハイツ』のジョン・M・チュウは多様性の波に乗って浮上する可能性は否定できないがどちらかというと職人監督としてのイメージが強いのがマイナスか。『The Lost Daughter』のマギー・ジレンホール、『Passing』のレベッカ・ホールはともに女優の監督デビュー作であり昨年の『プロミシング・ヤング・ウーマン』のような勢いに乗れれば可能性はある。また女性監督としては『CODA』のシアン・ヘダーも無視できないがまだまだ新人、これからチャンスはあるだろう。


★国際長編映画賞

 『Parallel Mothers』ペドロ・アルモドバル(スペイン)

 『A Hero』アスガー・ファルハディ(イラン)

 『Hand of God 神の手が触れた日』パオロ・ソレンティーノ(イタリア)

 『Titane』ジュリア・デュクルノー(フランス)

 『ドライブ・マイ・カー』濱口竜介(日本)

 もちろんまだ代表作品が決まっている国は数カ国しかないものの、カンヌ映画祭やヴェネツィア映画祭の結果からみても順当にいけばこの5作品ではないだろうか。『Parallel Mothers』『A Hero』『Hand of God 神の手が触れた日』は特に堅いだろう。いずれもこの部門を制したことのある実力派ばかり、ノミネーションまでは問題ないだろう。フランスに関してはカンヌを制した『Titane』かヴェネツィアを制した『Happening』のどちらが出品されるかは分からないが、どちらにしても実績は文句なしの話題作でありノミネーションはあり得るだろう。『ドライブ・マイ・カー』はカンヌで受賞しており実績は問題なく、村上春樹原作というネームバリューもありノミネートも夢ではないだろう。しかし日本代表は不可解な選出がされることも多く、日本代表として本当に出品されるかは微妙なところだろう。

 他の有力作品をあげていく。ドイツ代表に確定している『I'm Your Man』はベルリン映画祭の男優賞を獲得している作品であり、これまでのドイツのこの部門での実績から見ても可能性はあるかもしれない。ルーマニアの『Bad Luck Banging or Loony Porn』は同じくベルリン映画祭の最高賞を獲得したもの。メキシコの『A Cop Movie』はベルリン映画祭で芸術貢献賞を受賞、フィンランドの『Compartment No. 6』はカンヌ映画祭グランプリ作品、ノルウェーの『The Worst Person in the World』はカンヌ映画祭女優賞、ロシアの『Unclenching the Fists』はカンヌ映画祭ある視点部門グランプリという実績から可能性はあるかもしれない。


★長編アニメーション映画賞

 『ミッチェル家とマシンの反乱』(Netflix)

 『ラーヤと龍の王国』(ディズニー)

 『あの夏のルカ』(ピクサー)

 『ミラベルと魔法だらけの家』(ディズニー)

 『竜とそばかすの姫』(GKids)

 この部門での注目ポイントは『未来のミライ』でインディペンデント作品ながらジブリ以外では初のノミネーションを果たした細田守新作がノミネートされるのかというところだろう。国内では細田作品史上ナンバーワンヒット、海外での評価も今のところ高くマイナス要素がみつからないくらいである。しかも今回は圧倒的な評価で圧倒した『ソウルフル・ワールド』や『スパイダーマン:スパイダーバース』のような圧倒的存在が見当たらないことから受賞も夢ではないかもしれない。まだ未公開の『ミラベルと魔法だらけの家』を除けばいずれもrotten tomatoesでは90%を超える高評価ではあるが団子状態とも言える状況である。この中ではNetflixの『ミッチェル家とマシンの反乱』が98%と抜群の高評価だがやはり配信作品というのがネックである。いずれにしてもアニー賞が楽しみである。

 ダークホースとしては一作目がノミネーションを受けた『ボス・ベイビー ファミリー・ミッション』、ヴェネツィア映画祭出品作『犬王』、アヌシー国際アニメーション映画祭に出品された『鹿の王 ユナと約束の旅』があげられるだろう。特に湯浅政明監督の『犬王』は独特の設定もありアニー賞如何では可能性はなくはないだろう。